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Interview #010

自分にしかできないことを探しに足寄へ【後編】

2020.05.02

今回は、細矢千佳さんのインタビュー後編となります。

前編では、北海道へ来ることになったきっかけや、南米でのお話などを伺いました。
南米での一年弱を経て、予定どおり日本での生活に戻ってきた細矢さん。

後編では、そこから就職活動を経て、どのようにして足寄町へたどり着いたのかを語っていただきました。
さらに、はたらくものづくり村との関わりや、そこで出会った人たちとのことについても伺っています。

様々な経験を経て得られた感性やその中にある葛藤、ものづくり村でしていきたいことなども含めて、綴ります。


そのときにしかできないことを選んだら、足寄に行き着いていました

いよいよ大学院も卒業、次は就職活動をされたんですよね?

千佳さんはい、就職活動をしました。
ただ、もう農業にはこだわりがなくって。。。

それはまた、唐突ですね。(笑)
なにか別にやりたいことが見つかったのですか?

千佳さん最初は、大学院で研究をしていた害虫防除に関連する会社などの求人を見ていたのですが、研究者としては他の人達にかなわないと思ってしまって。
そこは、私じゃなくても良いんじゃないかって、思ってしまったんです。

となると、ご自身は何に適していると、考えたんですか?

千佳さんそれは、まだわからなくって、今も模索中なんです。
就職活動をしていたときは、海外に行っていたときの経験から、インバウンドの方が多く利用されているホテルにエントリーしてみたりしていたのですが、それもなかなかうまく行かず。。。
あとから冷静になって考えると、その時は、私自身がぶれていたんだろうなって思います。

その後、色々考えている時に、「人の集まる場所を作りたいな」って、思ったんです。
南米に行って、ゲストハウスに泊まったりする中で、そういう空間って良いなって。
例えば、はたらくものづくり村の「かってば」だったり、ゲストハウス「ぎまんち」だったり、どういう形でもできるけど、何が自分にあっているのか、そのときはわからなかったんです。

なので、南米で登山やトレッキングを体験して、とてもいいなと思っていたこともあり、山に興味を持ち始めていたので長野の山小屋に行くことにして、卒業論文を書くことに集中するために、就職活動はそこで一旦ストップしました。
そんな時に、先生から「(山小屋ではなく)一度、社会に出なさい」と言われて、足寄町での地域おこし協力隊の求人の話を聞いて、エントリーすることにしたんです。

オンネトーに新しい建物を建てるプロジェクトで、それもある種、人が集まる場所を作るということだし、イチからの立ち上げというのも興味深かったポイントでした。
山小屋はなくならなければいつでも行けるけど、新しい建物を建てるプロジェクトはなかなかないと思って。
なので、私の場合は、足寄が好きだからという理由ではなくて、新しいプロジェクトがあって、それに関わることが出来るから足寄に来たんです。
それは、いつか自分で何かを始める時に、必要になる経験だと思ったから。

自分にしかできないことと
自分が根を張れる場所を探している

実際に足寄に来てみて、どうでしたか?

千佳さん面白い人がたくさんいて、気がついたら、その渦の中に入っていたって感じでした。

そもそも、足寄やオンネトーについては、どのくらい知っていたんですか?
知り合いがいたり、したんでしょうか?

千佳さんオンネトーは行ったことがあって、
ただ、それ以外の情報は、美味しいハンバーガー屋さんがあることくらいでした。

知り合いもいなかったので、最初はなかなか繋がりも増えなかったのですが、ぎまんちを運営している儀間さんが、地域おこし協力隊の先輩としていらっしゃったので、儀間さんを通じて木村さんや佐野さん、あしおこし隊のメンバーに出会って、少しずつですが足寄の人たちとも仲良くなることができました。

そうだったんですね。
少し話が戻りますが、先程、話に出ていた「面白い人」とは、一体どんな人達なのでしょうか?

千佳さんやらされてるのではなくて、自分たちで何かを発信したり作り上げている人たちですね。
儀間さんはゲストハウスを介して、様々なつながりを作っていますし、木村さんもものづくり村を通じて、様々なつながりを作っています。

その人達のことを見ていると、私には何が出来るのだろうって思うんです。
私、AIに負けたくなくて、自分にしかできないことを見つけたいんです。
「それはあなたじゃなくてもいい」って思われるのが、悔しいんだと思います。

それは、いつ頃から思い始めたことなんですか?

千佳さん2019年に入ってからでしょうか。
自分には何が出来るんだろうって、考え始めてからですね。

南米に行っている時に感じたことがあって、「今日はあっちに行こう、明日はこっちに行こう」という、ふらふらした生活も楽しいのですが、ちゃんと安心して戻れる場所があったから、どこにでも行けるなって感じたんです。
だから、今もちゃんと自分が根を張れる場所を探しているんです。

そんな自分にしかできないことや、自分根を張れる場所は見つかりそうですか?

千佳さんまだわかりませんが、これからも探し続けていきたいと考えています。
必ず自分で何かを始める必要はなくて、何かを始めている志が同じ人に、出来ることを提供する形でも良いのかなって、最近はそういうふうにも考えています。

自分がしてもらったように、私も色んな人を繋いでいきたい

はたらくものづくり村については、どう思っていますか?

千佳さんイベントもたくさん行われていて、いろんな人達が出入りしているので、普段、自分が生活しているだけでは出会えない人たちと出会うことの出来る場所だと思っています。
すごい場所だと思うし、面白いなって思います。

はたらくものづくり村があるのとないのとでは、大きく違うと思いますか?

千佳さんそれは、大きく違うと思います。
私が足寄町で人の繋がりを広げていけたのは、はたらくものづくり村でイベントがあることを教えてもらったことがきっかけなんです。

イベントに参加することで、新しい人と出会うだけではなくって、足寄町に来た自分の事を、知ってもらうことができました。
そういう機会がないと、なかなか自分の事を知ってもらうことって、できないと思うんです。まずは、知ってもらわないことには、何も始まらないから。

そういう場所って、私にとってはとても「ありがたい」場所でした。

そんな、はたらくものづくり村には、これからどうなっていってほしいと思いますか?
ご自身も、はたらくものづくり村と継続的に関わりを持ちたいと思いますか?

千佳さんはたらくものづくり村は、来るタイミングによって、様々な人が利用しているんです。
例えば、子育てをしているママさんが集うこともあれば、仕事の打ち合わせに来る人もいます。
そういう場所に関わると、自分の世界が広がるなって思うんです。
だから、これからも、この場所を活用できるようになっていきたいなって思います。

あとは。。。
他の方たちは、どう思ってるのかな?

どうでしょう、そこまではっきりとしたビジョンを持ている人は、多くないのかもしれません。
ただ、はたらくものづくり村の特徴として、しっかりと色んなことが決まっていなくても、トライする場所としてそれを受け止めてくれる、懐の深さがあるんじゃないかなと思います。

例えば、イベント一つとっても、いち企業が行う場合、ターゲットから運営・資金の管理まで事細かに決められて開催されていると思うんです。
それが、はたらくものづくり村では、ある部分、ファジーでもOKだったり、そこから生まれてくるものを大切にする空気がある気がします。

それは、代表の木村さん自身の思いでもあるのかもしれませんね。
他に本業を持っている人たちが集って何かをすることで、少なからず本業にもいい影響があるように感じています。

はたらくものづくり村については、いつから知っていたんですか?

千佳さん開村のイベントが行われることを、儀間芙沙子さんに伺って、それからです。
足寄に来る前は、そういう計画があることも全然知りませんでした。

それと同じで、私はオンネトーに新しい施設を作るプロジェクトを担当しているのですが、それを知らない足寄の人もたくさんいて、そういう人にいかにして情報を届けるかは、私の中の課題でもあります。
私のことも、観光協会で何をしているのか、知らない人が多いと思うので、そういう意味でも情報発信をしっかりしていけるようになりたいと思っています。

オンネトーの施設は、いつオープンするんですか?

千佳さん令和4年にオープンする予定です。
名称などについては、これから決めていく予定なんです。

では、この場所を通じて、情報発信したり、そういう部分のスキルが磨かれていくと良いですね!
最後に、足寄町に「はたらくものづくり村」があって、良かったと思いますか?

千佳さんはい、とても良かったと思います。
実際に、ここで行われるイベントに、大学の後輩を連れてきたことがあるのですが、私も「はたらくものづくり村」で色んな人に繋いでもらったので、反対に私自身も色んな人を繋いでいきたいなって思っています。

足寄には、エネルギッシュな人が多いように感じるんですよね。
特に、女性からより多くのエネルギーを感じるような気がします。
他のところがどうかはわからないですが、そういう女性がたくさんいることは、とても良いことだと思うので、私も見習っていきたいなって思っています。

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